~ プロローグ ~
11月中旬。記者Oさんから毎月恒例の指令が届きました。
「今月は日光に行きます」
「日光ですか。400年大祭と紅葉で混んでそうですね~」
「中禅寺湖畔ですから、紅葉のピークは過ぎてます」
中禅寺湖というと、栃木県民なら子供の頃の遠足で、
バスでいろは坂を上って車酔いした経験のある方も多いのでは。
記者Tも内心不安でしたが、大人になると案外大丈夫になるものなんですね・・・。
晩秋の日光中禅寺湖畔 男体山を背負った「お食事処なんたい」
私たちを迎えてくれた中禅寺湖は紅葉も終わり、冬に向かう色をしていました。それでもスワンボートに乗る勇者が何組も! 湖に来たら、ボートに乗らずにはいられない・・・ちょっと気持ちわかります^^
さて。目指すお店は、眼前に中禅寺湖、背中に男体山を背負った、その名も「なんたい」!
観光地の飲食店風でもなく、大衆食堂のようでもなく、モノトーンで渋さすら感じさせる店構えに期待が高まります。
店内は、内装に木材がふんだんに使われて、和食屋さんの風情です。が、流れるBGMはジャズ。これがなぜか違和感がないんです。落ち着きます。観光地だということを忘れそうです。
温かみのある色の照明は、これからの季節、寒さに凍えた観光客の心も暖めてくれるに違いない-などと思っていたら、座敷に大きな火鉢が。
「これはインテリアですか?」
「いえ、実用です。冬には炭を入れるんですよ」
店内に女性の店員さんがお二人。好奇心全開の記者Tにも優しく応対してくださいました。
冬の日光は寒いのわかってますけど、それでもちょっと来たくなります。
「居心地のいいお店ですね。座卓もいい木を使っているような気がするんですけど、なんの木ですか?」
「一番奥が欅で、手前は黒檀です」
どっしりした大きな卓って、大きな日本家屋にあったりすると威圧感を感じたりしますが、ここの卓はなんだか人懐こい感じがします。
オーナーシェフの曲渕久義さんに名刺をいただいたのですが、その裏に意外なプリントが。
「音楽スタジオもお持ちなんですか?」
「以前は二階にスタジオがあって、学生さんに貸したりしてたんですよ」
この和風のお店に音楽スタジオ!? お店の意外な顔が見えてきました。
「このお店は何年くらいやっていらっしゃるんですか?」
「祖父から3代目で70年くらいになります。最初は観光地の食堂だったんですけど、時代的に車が停められなきゃだめだろうって隣の店舗とくっついてドライブインになったり、隣がやめてまたうちだけになったり、いろいろ形は変わってます。僕が勤めを辞めてからは9年くらいですね」
どこにお勤めだったんですか?
「僕は飽きっぽいというか、いろいろやってるんです。
日本料理に興味があって、宇都宮の日本料理大源に入社して、
28歳で料理長を任されましたけど、
その間にアルバイトでイタリアンレストランでアルバイトしてたことがあります。
宇都宮にあった「アルポルト」にもいたことがありますよ」
もともとは日本料理の職人さんなんですね
「今でも、基本は日本料理だと思ってます。
30歳のときに日光アストリアホテルにヘッドハンティングされたんですが、
そのとき天皇皇后両陛下のお弁当を担当しまして、それをきっかけに日本調理師連合会師範を拝命しました。
日本料理におけるフレンチ、イタリアン技法の取り入れ方の論文も書いてるんですよ。
ですから、バリエーションとしていろいろなアレンジはしますけど、作っているものは和食なんです。
あとは、45歳で僕が勤めを辞めるまではこの店は母と妻がやってましたから、その監修もしたりね。
「こうやったらもっとおいしいよ」とか。どうせやるならおいしいものを出したいでしょう」
お店だけでなく、オーナーシェフご本人もいろいろな顔をお持ちのようです。
なんたいさんのパンフレットやホームページのトップを飾るお店のイラストも、曲渕さんが描かれたとか。
「地元のイベントのポスターやパンフレットも作ったりするんですよ。副組合長もやってるもんで・・・」
中禅寺温泉飲食物産店組合の副組合長という顔もお持ちの曲渕さん。
「visit japan」で紹介されたのをきっかけに、ネットの翻訳サイトを使って英語のサイトを立ち上げたり、
外国人に向けた情報発信もされているそうです。
「一時は減りましたけど、また外国人観光客が増えましたからね。日によっては、お客様の半分以上が外国の方なんてこともありますよ。」
実は最近、以前ほどはインターネットの影響力を感じなくなってきたのだそう。それよりも、
「本当の意味の口コミでお客様が来るんですよ。
欧米の方でも、中国の方でもね。”友達が来ておいしいと言ってたから来たんだ”って言うんです。
以前も、親父が店の前の炭火ブースで魚焼いてたら、
中国の方がメモ持って”なんたい、なんたい”って言ってたんだそうです。
『なんたい』はうちだ、って言ったら、本当にうちを探してたんだそうで(笑)」
親しい友達の口コミって、信用度ありますよね。」
自国に帰ってからも友達に伝えたい味とは!?
ますます楽しみになってきました。
もはや「発明」!?とさえ思えるソースに脱帽”ZEPPIN”かつれつを食す
「日光の料理といえば、湯波や蕎麦、鮎や岩魚や山女魚などの川魚をイメージしていらっしゃるお客様が多いと思うのですが、その中で、和豚もちぶたメニューはどれくらい出るんでしょう?」
「実は意外と出るんです。一度召し上がって、おいしかったからもう一度という方が多いですね。”ZEPPIN”というのも、お客様がつけてくださったんですよ」
その”ZEPPIN”かつれつはこちら!
黒に近いような濃い色のソースの上に、衣の薄いカツレツが載っています。衣にはアーモンドスライスが。
「いただきます!」
一口食べた途端、記者二人の動きが止まりました。
まじまじとカツを見つめてしまっています。
「おいし~!」
「こんなソース、食べたことないです!」
フルーティな甘みのあるソースなのですが、微かな酸味もあります。
和豚もちぶたの脂の甘さと、ソースの甘みが、これ以上ないほど調和する、まさに”ZEPPIN”のソースです。
「これはバルサミコ酢とコアントローのソースなんですよ。あとハチミツですね」
「エスカルゴみたいな後味が来ますね」
「ガーリックバターですね。生クリームも入ってます」
カツレツにこのソース!この発想はどこから来たのでしょう?
「ホテルに勤めていた時に、デザートを作っていたことがあるんですよ。
そこからですね。アーモンドスライスもありましたし」
塩気で甘みを引き出すのとは逆の発想で、甘みの相乗効果で旨みが引き立つお料理です。
「リクエストはいろいろあるんです。観光バスで来る団体さんに出してほしいとかね。
でも、このソースは作り置きができないし、一度に大量に作ることもできないんです。
注文を受けてから、その都度ソースも作っているんですよ」
「そうなんですか!」
「煮詰めすぎるとバルサミコの酸味が飛んで、甘みが勝ってしまいます。足りなければ酸味が強すぎる。一度に4人分が限度です」
繊細なソースなんですね。
この取材の中で、実は記者二人とも、これまではバルサミコが苦手だったことが判明。
原因は酸味の鋭さなのですが、このソースはまったく酸味の強さを感じません。
アイスクリームにお酢で作ったソースをかけるデザートがありますが、それに近いような感覚かもしれません。
「和豚もちぶたの甘みにあわせたソースなので、ほかのお肉ではこうはいきません。」
「ご飯にもすごく合いますね!」
「そう。パンじゃないでしょう。洋食ですけどね。でも、ニジマスのソテーのソースは、パンに合うんですよ」
「お米もおいしいですね」
「これは日光産の米です」
「え!? 日光でお米を作ってるんですか?」
「塩野室や小林は米の産地ですよ。僕はできるだけ日光産の材料を使いたいと思っているんです。
どうしてもなければ、栃木産で。米も、以前は高根沢のを使ってましたが、日光の米もおいしいでしょう」
「甘みがありますね」
「サラダもおいしいです。トマトも甘みがあって、レタスもシャキシャキですね!ここに来てこれを食べなかったら、ほんとにもったいないですよ!」
「もっと食べてほしいですね。全力で推したいです!」
国際感覚と伝統のいきづく街 ゆたかな感性が選んだ味とは
「和豚もちぶたをお使いになるようになったきっかけはなんですか?」
「先ほども言いましたが、僕は日光や栃木の中でおいしい材料を探しているんです。
うちに鶏肉を入れていた業者さんに『栃木産のいい豚ないかな?』と聞いたら、『うちで和豚もちぶた取れるよ』と。
僕がここをやるようになってからずっと使ってますね」
「和豚もちぶたのいいところはどこだと思われますか?」
「脂の甘さと、融点の低さですね。口の中で脂が溶ける感じがいいです。
それと、何より品質の”波”というか、バラつきが小さいこと。どの肉でも、できのいい肉が来た時にはおいしいものですが、下への振れ幅が大きいと、信頼度が下がってしまうでしょう。和豚もちぶたは、”波”の振れ幅がほとんどなくて品質が安定しているんですよ」
いつでも、調理をする方の望む味が出せるということなんですね。
「昔は、町の食堂みたいなメニューを作ってたこともあるんですよ。普通のとんかつとか、生姜焼きとかね。でも、それじゃおもしろくないでしょう。ジャンルにとらわれず、自分がおいしいと思う料理を作りたいんです」
オーナーシェフの進取の精神と、幕府の直轄地の歴史も持ちながら外国人の別荘地として様々な文化も受け入れてきた日光は、よく似ているなと思いました。
「なんたい」さんは、とても日光らしいお店なのかもしれません。