~ プロローグ ~
ゴールデンウイーク明け、記者Oさんから指令が届きました。
「今月の取材は、栃木一と言う人も多いとんかつ屋さんです。和豚もちぶたの素の魅力を、目一杯引き出しに行きますよ」
「楽しみですね~」
取材当日。宇都宮南警察署のひとつ東側の信号を南へ。お邪魔した午後1時過ぎは、ほぼ満席のお客様がちょうどお帰りになるところで、お店の前の駐車場もいっぱいでした。
口コミ絶賛があつまる老舗とんかつ店で絶品ロースカツをいただく
「とんかつひやま」さんは、カウンター10席、小上がり2卓。
お店に入ってまず目に付くのが、年代ものの手回し式レジスター。
「わあ、アンティークだ。すてきだな~」
見とれていると、ちょうどお会計のお客様が。すると、調理場から出てきた奥様が、ハンドルを回し始めました!
なんとこのレジスター、現役だったのです!
ガチャガチャ、チーン! という音を間近で聞いたのは、記者Tも何十年ぶり。
気が付くと他にも、深い飴色の箪笥や、使い込まれた調理器具など、そこかしこに時代を感じさせる調度が置かれて、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。居心地のいいお店です。
今回は先に試食から。
「おすすめはロースカツです」 とのことで、そちらをお願いしました。
店主の樋山さん、ちょっと低めのいい声です。
まずは前菜が3品出てきました。
本日のメニューは、蒸し鶏と山菜のサラダ、サツマイモのサラダ、小松菜の煮物。薄めの味付けですが、味がぼんやりすることなく、素材のおいしさが伝わってきます。
調理場では、着々とロースカツが揚げられていきます。
普通サイズが160g、大が220g、特大が260g。二度揚げしています。
一般的なさくさくした衣ではなく、ほんの一層、薄くついた衣なので、ミラノ風カツレツに近いように見えます。
揚がったカツの切り方も独特です。すっと引くように切るのではなく、一気に押すように切っていきます。
さらに。とんかつといえばソースが定番ですが・・・
「塩でお召し上がりください」
ひやまさんでは、塩の小皿が出てきます。この粒がまた大きい。1mmくらいはありそうです。
「岩塩を砕いたみたいな大きさだな」
冷めないうちに、いただきます!
おいしいとんかつには「塩」がいい
あっ!
一口目から、やらかしました・・・。
とんかつに塩は初体験だった記者T、塩を思いっきりつけ過ぎました。。
樋山さんおすすめの塩は、味がかなり濃く粒は大きいのですが、とんかつの脂ですぐ溶けてよく絡みます。
つけ過ぎには要注意。1粒2粒でも充分味が付きます。仕切り直してもう一度。
うっすらとピンク色が残るロースの切り口からは、さらさらと脂があふれてきます。薄い衣は、サクサクというよりしっとりした食感。噛むと、とにかく柔らかく、口の中にさっぱりした脂が広がります。
結論。とんかつと塩、合います!
苦味などの余計な味がまるでない塩が、肉の甘みをさらに引き出すのです。
そういえば。カウンターに塩が何種類も乗っている。この中のどれかがこの塩なのか。店主さんはよほど塩に思い入れがあるのか。
塩のチェックをしながらも、肉の甘みで、ご飯がすすみます。
あっという間に食べ終わってしまいましたが、これはなにか、秘密がたくさんありそうな気がします。
ランチタイム終了を待って、店主・樋山さんに質問開始です。
とんかつひやま店主・樋山雄二さんは62歳。
お若く見えるので、年齢を聞いてびっくり。
「こちらにお店を出されて、何年になりますか?」
「28年。今年29年目になります」
「和豚もちぶたを使うきっかけを教えてください」
「うちは、元は肉屋だったんです。父と、関口肉店の先代社長が知り合いで、
昔から関口肉店さんから仕入れはしてました。
で、私が店をやることになったときに、以前『ひやま』で修行してた人に
『雄ちゃんが使いたい肉は、関口さんのところの豚のロースじゃないか?』と言われたんです。
関口肉店さんで和豚もちぶたを扱うようになってからは、うちも和豚もちぶたひとすじですね。」
「先に修行されていた方がいらしたということは、樋山さんは二代目ですか?」
「昔は、オリオン通りの東端に近いところにあったんですよ。
肉屋から、父の代にとんかつ屋になりましたが、オリオン通りには40年いました。
こちらに移ってからとあわせると68年になります。」
「昔からあるお店だったんですね」
「うちと同じくらい古いお店は、元の店の向かいの西岡お茶屋さんと、
長谷川時計店さんくらいになっちゃったんじゃないかな」
次々にお店が変わる、宇都宮市街地中心部の商店街。
ですが、そこにも人と人のつながりはまだ残っているのだというエピソードを、樋山さんが話してくださいました。
「宇都宮には、大山さんという肉屋が3軒あったんですが、
うちは、旭中学校の近くにあった大山肉屋さんと仲がよかったんです。
大山さんが店を閉めるときに、そのレジスターを
『店にやるから、スペース空けとけ』って言ってくれてね。昭和初期のものなんですよ」
「そうなんですか。これが現役で動いているのを見たのも何十年ぶりです」
「うちは、米を炊いてる釜も、もう何十年も使ってるの」
調理場で見せてくださったのは、かまどで使っていたような、分厚い木の蓋がついた釜。コンロは古そうだなと思っていましたが、釜はどうやらその上を行っていたようです。
「この包丁も、父が用意したのをずっと使ってます。」
研がれて小さくなった包丁。これもお店の歴史です。
「こだわり」の真髄をみる食材への思いにただ脱帽
「前菜もご飯も、とてもおいしかったです」
「まだ子供の頃、向かいのお茶屋さんによく遊びに行っていて、
そこのおばあちゃんに、白湯の呑み比べをさせられたんです。
やかんで沸かしたお湯と、鉄瓶で沸かしたお湯と、違うのがわかるかって」
「そんなに違いますか?」
「全く違いますね。私の味覚の原点は、あれだったと思ってます。
それで、店で使う水も食材も、自分がこれと思うものを使っているんです」
近所のおばあちゃんから教わった、繊細な味覚。
樋山さんがお店で供するメニューのすべてが、それを基に作られます。
「米は、会津のコシヒカリを使ってます。
稲の状態で杭に掛けて干した米を、前日にといで一晩寝かせて炊いています」
「二日がかりですか」
「店を出すなら、なんでも極めてやりたいと思ってね。
ご飯を出すなら、そのご飯でおにぎり屋ができるくらい。
前菜を出すなら、それで惣菜屋ができるくらい。
実際、うちのご飯を食べたお客様から話が伝わって、
デパートにおにぎり屋を出さないかと言われたことがあります。断りましたけど」
「和豚もちぶたのいいところは、とにかく脂が甘くて、臭みがないこと。
肉は脂を見ると、大体どれくらいの温度で溶けるかわかるんですが、
和豚もちぶたはとにかく、脂の融点が低い。それと、生の状態で赤味が薄いでしょう。
全体に脂がいきわたっているのと、肉にするときの血を抜く技術がいいからです」
あのさらさらした脂の秘密が見えてきました。
「和豚もちぶたはすごいんですよ。
普通、豚は季節によって味が違うんですが」
えっ。気にしたことありませんでした。
「体に脂を蓄えようとするので、冬が一番おいしいんです。
夏は暑くて体が弱るし、春は食欲が増して太ってしまうから、締まりがなくなる」
ということは、豚肉は、冬が旬?
「ところが、和豚もちぶたは、一年を通して味にバラつきがないんです。
いいエサを食べさせて、太らせ方も季節ごとにきちんと管理できているからでしょう。
生産者さんによる差もありません。努力なさってますね」
樋山さんは、実際に和豚もちぶたを飼育する現場もご覧になったことがあるのだそうです。
「私が扱うのは肉になってからですが、生産者さんに負けないようにやってます」
ひやまさんでは、とにかく仕込みに時間をかけます。
営業時間が短いのもそれが理由とか。
付け合せのキャベツの繊維を整えるために、1枚の葉を左右に切り分けているのを見て、記者二人ともびっくり。
「ネギもね、こうやって切ると、辛味が出ないんです」
片手にネギを持ったまま、まな板に乗せずに、包丁で削ぐように薄く切っていきます。いつもは奥様がなさるとか。
「今まででお1人だけ、このネギの切り方に気が付かれたお客様がいらっしゃいましたね」
楽しそうな樋山さんのお顔が印象的でした。
おまけ
「いろいろ気がつく客になりたいです!あれもこれも気が付きませんでした」
「精進しましょう・・・」
記者Oさんになぐさめられる未熟者の記者Tに、
樋山さんが、最高においしい白湯の入れ方を伝授してくださいました。
1 鉄瓶で、いいお水を沸かす。
2 いいお米でおにぎりを作り、焦げないように焼いて、中に入れる。
3 冷ます。
簡単そうですが、記者Tは「おにぎりを焦げないように焼く」ところで行き詰っています。
最高の白湯はいつ飲めることでしょう・・・